2009年02月19日

先人のマイルストーン

先週中央スイスの、ブルンネルンにビリ・バロッティさんと音作りに行った時、とあるレストランに入ったら、
推定75歳以上のオーナーが、「おれは5回日本にいったぞ!」と言って、写真を見せてくれた。
 
そこにはなんと!若かりし頃の、私の日本のヨーデルの先生、下山田氏が、袴をはいて満面の笑みで映っていた。おお!そう、日本には25年くらい前までAJKアルペン・ヨーデルカメラーデンなるグループがあり、
スイスからヨーデル・旗振りなど演奏家を招いて、コンサートを行っていたらしい。
 
日本とスイスの親善の仕事しているスイス人は「私は10年演奏家を連れて、日本に行きました。」
と以前言っていた。
 
 私が大学を出てきた頃はもう、そのグループは解散した後だったが、いろいろと活動の噂は聞いていた。
 
二階の部屋に案内された、日本の真っ赤な振りそでの着物が、壁に大きく飾ってある。棚にはだるま。
扇子。日本のものが沢山。彼にとって日本に来たことはとても人生のうちで、楽しい出来事だったのが分かる。
 
私が日本人だと分かると、とても友好的だった。
 
写真をもう一度ゆっくり見る、小学校の体育館のコンサート、企業のメセナのコンサート、
楽しそうな飲み会。
 
「へえこんなこと、してたんだあ。」
「随分盛んな感じ。」
「どうして終わっちゃったんだろう。。」
 
不況になり、企業がお金を出さなくなったから?
先に歩いて行った人の、マイルストーンを見た気がした。
 彼らが、やったことはスイス人の心の中にしっかり、根付いている。
 
「日本に行く」「日本に行った」
わりに、スイスのヨーデル関係の方々で、耳にする。
私が日本人だから言っているのかと最初は思ったんだけど、
どうも違うらしい。
多くの人が、過去に日本に呼ばれて行った。
 りんどう湖ファミリー牧場は、今でも毎夏違うグループ3人を呼ぶ。
毎年違うグループだから、日本に行く人の数は、のべ凄い数になろう。
 
「日本に行く、」ちょっとステータスな感じ?
と私には見受けられた。
ちなみに他の国にこれほどじゃんじゃん行くっていう話は聞かない。
 
元AJKの先人達が「俺たちこそが、ヨーデルのオーソリティだ」と思っていらっしゃるのが頷ける。
だってこれだけ色々活動して来たんですものね。
とても素晴らしい と思った。
 
 
 「マイールストーンを照らしだす〜♪」高校の時に歌った合唱曲が、頭の中で鳴り響く。何回もスイスに来ているのに、今気づく、ここにこんなマイルストーンがあったことを。
 
 下山田先生に電話してみようっと。

 
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posted by sakura at 01:33 | 日記

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