2009年02月28日

ヨーデルを聞くつぼ(スイス編)

たいていの物にはそれが楽しい、良い と思うつぼがあると思う。
ヨーデルもそうだ。
今日はその辺の話をしてみたいと思う。
 
「so schön 」という言葉がある、「美しい」という意味。
ヨーデルを聞いた時スイスの人がよく口にする言葉だ。
「wunderbar」 「素敵」 とともに良く耳にする。
この「美しい」という言葉に、スイス人のヨーデル感があるように思う。
 
「美しい声が聞きたい」
「美しいハーモニーが聞きたい」
「美しい頭声を聞かせてくれ」
「美しい胸声を聞かせてくれ」
 
「濁りや、混ざりけのない、美しい声がある時間」を期待する聴衆。
歌詞は自然への賛美がほとんど。
録音技術が発達してなかった時代、美しい音が聞きたかったのだ。
だから同じようなコードの一見単調なヨーデルなんかも、ずっと聞いていられる。
曲想ではないのだ。
「ずっと聞いていたいこのきれいな音」
なのだ。
 
ハンドベルの演奏にほとんどの一般の人は、ハチャトーリアンの「剣の舞」や、リムスキーコルサコフの「熊ん蜂の飛行」などをあまり期待せず、
綺麗な響きを求めるのと、感じが似ている。
 
でも少しづつ進化してきていて、簡単なハーモニーから、複雑な和音へ。
曲想も、普通の曲のようについてきて、アゴーギクする。
ものもある。
それらは新しいと言われる。
 
でも基本は「美しい」ということ。
情熱的に、切りつける表現などは嫌われる。殆んど聞かない。
そして恋の歌も少ない。
彼らは自分の土地の方言で歌う。
「本物」の歌を歌うためにだ、とマリーテレーズが言っていた。
私なんかはその土着の方言の感じを楽しむ。
スイス人の生きざまが伝わってくる。
 
美しい頭声と濁りのない明るい胸声を楽しむ。
つい、濁りのある胸声で歌っている人もいるが、
スイスでは明るい胸声こそ価値があると言われる。
濁ってしまうのはたまたま発声の加減か、または年をとり
声が疲れてきてしまっているから。
ハンガリアンボイスのような胸声はヨーデルの場合
価値がないとされる。
 
 
私はそれらのことを、理解した上で、スイスヨーデル業界には、新しいだろう和音と、曲想をつけて、
自分の音楽を表現したい
と思っている。
 
スイスヨーデルのつぼは、「混じりけのない、美しい声と美しいハーモニー 。」
アッペンツェルの、トッケンブルクの、聞いたヨーデルは、何と明るくて、素敵だったこと。
程よいビブラートもかかり、声が潤っている。明るい胸声。
フレッシュなフルーツのような。

 
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posted by sakura at 22:42 | スイス民族音楽・民俗芸能

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